医師会の副会長が心配していることとは
「医療費削減のためのICT診療は、医療の否定につながる」
ここで言われているICT診療は、オンライン診療(遠隔診療)のことです。「医療の否定」というかなり強めの言葉を使って遠隔診療に反対しているのは、日本医師会の副会長です。
日本医師会は医療行政に大きな影響力を持っている団体です。
さらにこの方は、札幌の脳神経外科病院の経営者でもあります。まさに日本医療界の権威といった存在です。
「対面診療の補完」「エビデンスが必要」
副会長のオンライン診療(遠隔診療)に対する考え方は、およそ次の通りです。
- ・オンライン診療のツールであるICT(情報通信技術)やAI(人工知能)は対面診療の補完にすぎない
- ・オンライン診療を診療報酬で手当てするためにはICTの有用性と安全性のエビデンスを示す必要がある
- ・オンライン診療を活用する場合、厳格な運用ルールが必要
エビデンスとは証拠という意味ですので、「オンライン診療(遠隔診療)を拡大するなら良いという証拠を示せ」と言っているように聞こえます。
ただこうした考え方は、オンライン診療に反対する人たちに共通してみられます。よって、オンライン診療の推進派も、オンライン診療の有用性を示すエビデンス集めに躍起になっています。
医者の報酬が少なくなることを懸念している?
ところが副会長は、もうひとつ別の視点を持って、オンライン診療に反対しています。
それは次のような意見です。
- ・オンライン診療が広がれば、医師の技術料のシェアが縮小し、ICTや医療機器にコストが分配される
- ・オンライン診療で公的医療保険以外のサービスが広がれば政府は医療費を抑制する
「医師の取り分が減る」と聞こえなくもありませんが、副会長の真意としては、過酷な労働を課せられている医師たちの収入がこれ以上減ることがあれば、医療の質を保てなくなる。
と心配しているのかもしれません。
ただ副会長も「オンライン診療(遠隔診療)などのICT診療を完全否定すべきではない」とは述べていますので、そのことは申し添えておきます。
「スマホで血圧の値を送れば済む」というのは医療ではない
日本の医療をどうするかを決めるのは、中央社会保険医療協議会(中医協)という機関です。中医協は医療の専門家で構成され、厚生労働大臣に意見を述べます。
中医協での大激論
この中医協が2017年2月に会合を開きオンライン診療(遠隔診療)を拡充させるかどうかを話し合ったのですが、大激論になりました。
「スマホで血圧の値を送れば済む、というのは医療ではない」という発言は、このときオンライン診療に反対する中医協のメンバーから出たものです。
患者の顔色を見ることが大事
反対派の意見はこのような内容でした。
- ・医師は定期的な検査や診断を行って初めて「この患者の病態は安定している」と判断できる
- ・医師は対面診療の中で患者の顔色や表情を見たり患者の言葉を聞いたりして状態を判断する
対面診療こそが「本当の医療」という考え方です。
「話がかみ合わない」と怒る場面も
このときの中医協の激論の様子がマスコミに報道されました。およそ次のような発言が展開されたようです。
オンライン診療(遠隔診療)賛成派
「状態が安定している高血圧患者が、『自宅で血圧を測りデータをかかりつけ医に送信しスマホで指導を受ける』のと、『医療機関で血圧を測って対面診療で指導を受ける』のでは何が違うのか」
反対派A
「血圧は変動するので、医師がパッと測ってすぐに判断できるものではない」
賛成派
「最近は血圧を正確に測ることができるウェアラブル端末もある。外出先でも簡単に血圧が測定できる」
反対派B
「医師は、患者の待合室での状況や診察室に入って来るときの歩き方などを総合的に観察している。血圧の数値だけを見ているわけではない」
賛成派
「医師が『状態が安定している』と判断した患者が遠隔診療を希望したら、オンライン診療(遠隔診療)を行うべきではないか」
反対派A
「話がかみ合わない。コメントはしない」
医療の専門家ではない一般の人がこの話し合いだけを読むと、賛成派のほうに分があるように思えるのではないでしょうか。