Telemedicine Report
記事リリース日:2018年8月27日 / 最終更新日:2019年1月21日
ITやネットやスマホを使って簡単に済ますことができる治療があるなら、どんどん普及させるべきではないか――。
医療に詳しくない患者や一般の人たちは、そう感じていると思います。
特にオンライン診療(遠隔診療)は多くの医師や医療機関が「簡単で便利で治療効果が落ちず、コストも安い」と口をそろえます。ならばなおさら、どんどん普及してほしいものです。
2018年度からオンライン診療の診療報酬(病院やクリニックの収入)が増額され、オンライン診療は多少は普及していきそうですが、それでも全面完全解禁とはなりません。
医療政策を決める現場では、どのような話し合いがなされ、なにがネックになっているのでしょうか。
オンライン診療(遠隔診療)はITというテクノロジーの発展によって実現した「未来の医療が現実のものになった」医療です。そこでシリーズ「テクノロジーが医療を変える」では、医療現場がテクノロジーによって様変わりする様子を追っていきます。
目次
まず大前提として「新しい医療について慎重に議論することはやむを得ない」という考え方があります。
新しい医療では、効果があると判断して始めたけど長期にわたって調べてみたら悪い結果をもたらすことが分かった、ということがよく起きます。
医療は人の命に関わることなので、それでは困ります。
また、オンライン診療(遠隔診療)には高額なハードウェアやソフトウェアが必要になります。国が遠隔診療の拡充を認めれば、医療機関は多額な投資をするでしょう。
つまり国がいったん新しい医療を認めると、後戻りできない状況が生まれてしまうのです。
厚生労働省がときに「石橋を叩いて渡らない」といったことをするのは、業界を保護する狙いもあるのです。
その「大前提」を考慮したとしても、オンライン診療(遠隔診療)の歩みは遅いような気がします。
オンライン診療が遅々として進まないのは、新しい医療を導入するかどうか決める人の中に、根強い反対派がいるからです。
「医療費削減のためのICT診療は、医療の否定につながる」
ここで言われているICT診療は、オンライン診療(遠隔診療)のことです。「医療の否定」というかなり強めの言葉を使って遠隔診療に反対しているのは、日本医師会の副会長です。
日本医師会は医療行政に大きな影響力を持っている団体です。
さらにこの方は、札幌の脳神経外科病院の経営者でもあります。まさに日本医療界の権威といった存在です。
副会長のオンライン診療(遠隔診療)に対する考え方は、およそ次の通りです。
エビデンスとは証拠という意味ですので、「オンライン診療(遠隔診療)を拡大するなら良いという証拠を示せ」と言っているように聞こえます。
ただこうした考え方は、オンライン診療に反対する人たちに共通してみられます。よって、オンライン診療の推進派も、オンライン診療の有用性を示すエビデンス集めに躍起になっています。
ところが副会長は、もうひとつ別の視点を持って、オンライン診療に反対しています。
それは次のような意見です。
「医師の取り分が減る」と聞こえなくもありませんが、副会長の真意としては、過酷な労働を課せられている医師たちの収入がこれ以上減ることがあれば、医療の質を保てなくなる。
と心配しているのかもしれません。
ただ副会長も「オンライン診療(遠隔診療)などのICT診療を完全否定すべきではない」とは述べていますので、そのことは申し添えておきます。
日本の医療をどうするかを決めるのは、中央社会保険医療協議会(中医協)という機関です。中医協は医療の専門家で構成され、厚生労働大臣に意見を述べます。
この中医協が2017年2月に会合を開きオンライン診療(遠隔診療)を拡充させるかどうかを話し合ったのですが、大激論になりました。
「スマホで血圧の値を送れば済む、というのは医療ではない」という発言は、このときオンライン診療に反対する中医協のメンバーから出たものです。
反対派の意見はこのような内容でした。
対面診療こそが「本当の医療」という考え方です。
このときの中医協の激論の様子がマスコミに報道されました。およそ次のような発言が展開されたようです。
オンライン診療(遠隔診療)賛成派
「状態が安定している高血圧患者が、『自宅で血圧を測りデータをかかりつけ医に送信しスマホで指導を受ける』のと、『医療機関で血圧を測って対面診療で指導を受ける』のでは何が違うのか」
反対派A
「血圧は変動するので、医師がパッと測ってすぐに判断できるものではない」
賛成派
「最近は血圧を正確に測ることができるウェアラブル端末もある。外出先でも簡単に血圧が測定できる」
反対派B
「医師は、患者の待合室での状況や診察室に入って来るときの歩き方などを総合的に観察している。血圧の数値だけを見ているわけではない」
賛成派
「医師が『状態が安定している』と判断した患者が遠隔診療を希望したら、オンライン診療(遠隔診療)を行うべきではないか」
反対派A
「話がかみ合わない。コメントはしない」
医療の専門家ではない一般の人がこの話し合いだけを読むと、賛成派のほうに分があるように思えるのではないでしょうか。
では、オンライン診療(遠隔診療)に賛成している人たちは、どのような意見を表明しているのでしょうか。
オンライン診療には、
という特長があるので、実は医療費の膨張に頭を悩ませている政府が導入に積極的なのです。
厚生労働大臣が2016年に、
と発言して話題になりました。
「診療報酬改定で対応する」とは、オンライン診療(遠隔診療)を公的医療保険の対象にしていくということです。
「インセンティブをつける」とは、医師にオンライン診療を積極的に行ってもらうという意味で、具体的にはオンライン診療の診療報酬(医療機関の収入)を高くするということです。
「AIによる診療支援技術」とは、オンライン診療をさらに発展させた高度テクノロジー医療のことです。
つまり政府は、単にオンライン診療の普及を目指しているのでなく、オンライン診療の次の医療まで視野に入れているのです。
官邸、厚生労働省、総務省、経済産業省は2017年11月、オンライン診療を含む「情報通信機器を用いた診療」に関するガイドラインづくりに着手しました。
ガイドラインはオンライン診療(遠隔診療)を実際に使うときの厳格なルールにもなるので、政府と省庁がガイドラインづくりに乗り出したということは、かなり本気でオンライン診療の拡充を考えているということです。
後戻りしない決意、と受け取ることもできます。
ガイドラインは、医師、大学教授、医療政策の専門家、医療情報の専門家、IT企業、遠隔診療関連企業などで構成される研究チームがつくります。
医療にはさまざまな専門分野があり、それぞれに学会が存在します。学会とは、その医療分野に深く携わっている医師たちの集まりで、研究を発表したりその分野の医療を推進したりしています。
オンライン診療(遠隔診療)には、一般社団法人日本遠隔医療学会があります。この学会の役員には、日本の医療を引っ張っている医師たちが名を連ねています。
日本遠隔医療学会は現在、遠隔診療が臨床的、経済的、社会的に有用であることのエビデンス(証拠)を集めています。
同学会の活動や発言は、今後のオンライン診療の発展に欠かせないでしょう。
日本遠隔医療学会の近藤博史会長は、鳥取大学医学部附属病院の教授であり医療情報部部長です。
オンライン診療(遠隔診療)ではインターネットを使いますが、近藤会長はネットにとどまらず人工衛星まで使った研究を進めています。
鳥取県は日本で最も人口が少ない都道府県ですので、日本の「少子高齢化社会の先進地」とみなすことができます。
その鳥取でオンライン診療やIT医療が成功すれば、日本全国の地方医療、高齢者医療に応用できる可能性があります。
オンライン診療(遠隔診療)における賛成派と反対派の意見を見てきましたが、賛成派のほうが優勢な情勢です。
何しろ政府が賛成派についているわけですから、オンライン診療の拡大は止めることができないでしょう。
しかし反対派の意見も、もっともなところが多いのは事実です。
オンライン診療が人々の身近な医療になれば、新たな問題が出てくるでしょう。
そのときこそ、反対意見が生きてくるはずです。
2019年1月7日
「医療ビジネス」という言葉にネガティブな印象を持つ人がいます。 ビジネスには“金儲け”というニュアンスがあり、人の健康と命にかかわる医療を金儲けの道具や手段にすることはよくないこと、と感...
詳しく見る >
2018年2月19日
オンライン診療(遠隔診療)を開発したのは、残念ながら日本ではありません。1950年にはアメリカでテレビ会議システムを使った遠隔医療が行われていたそうです。その後、インターネットが市民権を得るよ...
詳しく見る >
2017年10月10日
必要は発明の母、と言いますが、医療が最も深刻に必要とされるのは、災害に見舞われた場所です。災害をきっかけに新しい医療が生まれることがあるのです。現代医療にとって電気は不可欠なインフラですが、被...
詳しく見る >
2018年8月9日
オンライン診療(遠隔診療)は、遠くにいる患者と医師を結ぶ画期的な医療です。 こんなに素晴らしい医療をつくることができたのは、インターネットのおかげです。 そのインター...
詳しく見る >
2018年12月7日
「医師が不足している」と聞くと意外に感じるかもしれません。 病院に行けば医師はたくさんいて、駅周辺にはクリニックの看板が並んでいます。大学の医学部の定員も増えています。 確かに医師は増えて...
詳しく見る >
2019年2月14日
オンライン診療(遠隔診療)を行っているクリニックの医師にとって、待ち望んでいたものがようやく完成しました。 国内初の、オンライン診療を行っている医師向け「手引書」が、慶応義塾大学医学部などに...
詳しく見る >